門)

 栃木県小山市から転勤して埼玉県熊谷市の勤務になってから2年目ぐらいの、たしか昭和54年か55年の、8月始めだったと思う。

相変わらず私は家電製品の出張修理で、あちらこちらと車で、ぶっ飛んでいる毎日であった。 この頃までは家電も現在と違い IC を使ったデジタル技術は例外を除き、まだ使用されておらず修理もやりやすく、修理そのものが一つの独立した企業として成り立っていた良い時代の最後のような気がする。


その日は、お盆休みも間近で修理件数も多く、訪問予定の最後の家に着いたのは夕方7時を過ぎた頃・・いや8時近かったかもしれない・・で、少し気が引けたけれどテレビの修理だったから・・今夜一晩観られないよりは良いだろう・・と、思いきって声を掛けた。

その家は行田市のはずれの利根川の土手の下に開けた、須加(すか)・・加須(かぞ)の間違いでは有りません・・という 町だか村だか良く解らないようなところの立派な門構えの古い農家であった。 夕方から降りだした霧雨で、なんとなく周囲の様子がはっきりしなくて、ちょうど霧の中に浮かぶ幽霊屋敷のようにボォ〜っと、その門だけが口を開けていた。 

初めて訪問する家の時は、何らかの都合で再訪問の事を考えて、その家の周りの状況や、その道順を頭に入れるクセがサービスマンにはあるから農道からその家に入る処に小さな祠(ほこら)が有るのを確かめて長い門までの路を車で進んで行った。

門を抜けると、どの農家にも有る少し広い空き地(?)のような空間があり、その奥が住いとなっていて、中で明かり(裸電球のような黄色の)がチラチラしている・・。

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