望郷のラジオ

 デジタルという言葉が当たり前・・というより 意識してそんな事を言わなくても生活の中に深く浸透した電化製品があふれる 2020年、暮れの秋葉原部品街を、おぼつかない足取りで、あちこち見ては肩を落とし、なんとかビジョンなどのネオンを見上げてため息をつく一人の老人がいた。

70歳半ば・・と思われるこの老人の名は・・「 美川一郎 」・・といい、探している物は「五球スーパーラジオ」の部品であった。 五球・・といえば真空管式・・と解る時代では、とうになくなっていたから、その部品集めは困難を極めた。

困難である理由の一つに、代用品としての部品はこの時代でも何とか存在したが、美川は純粋な五球スーパーを造ることに拘った事と、少年の時、組み立てたそのままを、どうしても再現したかった・・からである。

この時代の秋葉原部品街も ICやダイオードなどの半導体、又は、それに関した部品店が大半を占め、又、店主の代替わりした店などは・・「真空管?・・そういえばオヤジが球って言ってたな、今でも有るのかい?」・・などの言葉が返ってくるくらいだったから、わずかに残っているジャンク品を売る店でしか手に入らないのも困難に拍車をかけた。

使う真空管は ST管と決めていた・・というより・・「 ST管の五球スーパー 」・・に、美川は拘った。 オーディオ・アンプや楽器用アンプに使用される真空管はこの時代でも一部製造されていて、管種をとやかく言わなければ入手は容易であった。 しかしラジオ用の ST管・・と限定した場合、オイソレ・・とはいかなかったが、それでも僅かに残っている真空管専門店で 6WC5 6D6 6ZDH3A 6ZP1 80BK・・を、予備も考え二本づつ買う事が出来たが、抜き球・・のようでもあるし、新品のようにも見える得体の知れない物であった。 


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